葬儀の種類


  遺体葬と骨葬
葬儀の順序は、一般的には通夜―葬儀・告別式―出棺―火葬となっています。
これは昔、火葬ではなく土葬だった時代に、葬儀を行い葬列を組んで墓地に行き、埋葬(=土葬)していましたが、この土葬が火葬に替わったものです。しかし、北海道の一部、東北地方等の関東北部以北、甲信越地方の一部、中国地方や九州の一部では、葬儀・告別式に先立って火葬が行われています。通夜に先立って火葬を行う地域もありますが、通夜を行い、翌朝に出棺して火葬をし、午後から葬儀・告別式を行い、終わると墓地に行き納骨という流れが一般的です。土葬が長く続いた地域に見られる方式で、葬儀の最後はお墓に埋葬する、という考えからのものです。
葬儀・告別式を遺体ではなく遺骨を前にして行うので「骨葬(こつそう)」と言います。
骨葬地域であったのが東京方式の影響で遺体葬形態に変わることがある一方、骨葬が見直されています。つまり、死亡直後は家族だけで密葬にして火葬を済ませておき、時間をあけて遺骨でもって本葬、葬儀・告別式、あるいはお別れ会を行うという方式です。




  
密葬と本葬
「密葬」とは一般の人々に公開しないで近親者だけで営まれる葬儀のことです。一般の会葬者からの弔問を受けるのが告別式ですから、一般の人々には葬儀を案内しないで、告別式を行わない葬儀のことです。
年末年始にかけて死亡したときは近親者だけで密葬をし、松が取れてから皆さんに案内して本葬をするというのがいまでもあります。農村部では農繁期に死亡したとき、仕事の忙しいときに葬儀の手伝いをお願いしては悪いと、とりあえず密葬にして、仕事に少しゆとりができた時に本葬をすることがあります。
会社の経営者が死亡して社葬にするときは、多方面に案内したり運営の準備に時間が必要なため、死亡直後は近親者で密葬をし、1〜2ヵ月後に本葬として社葬をすることがあります。
しかし最近では、本葬を行うことなく、近親者での密葬だけで終わりにする形態も少なくありません。



  家族葬

日本の葬儀の原型は地域共同体葬にあります。葬儀となると遺族は死別の悲しみの中にあるので、遺族は死者の弔いに専念させて、運営その他雑事は全て隣近所の地域共同体が行うというものでした。
しかし都市化が進み、地域共同体のつながりも薄くなり葬儀も個人化してきました。
高度経済成長期以降、地域共同体の力が弱まる一方、葬儀も社交化して会葬者が増加し、一般的な個人葬で平均会葬者数が二百〜三百人になりました。そうすると遺族は参列者や会葬者の接待に忙しく、死者の弔いに専念できないという不満が出てきました。また会葬者の3分の2は生前の死者を知らない人で占められるようになりました。
そこで生前の本人をよく知る人だけで葬儀をしたいという希望が出てきて、その支持を集めているのが「家族葬」です。
この家族葬は新しい用語ですから厳密な定義がありません。文字通り家族だけで営むものから、親戚や本人と親しかった人が加わって行うものまであり、人数は平均30人程度で80人を上回らないものです。
かつての表現では「密葬」ですが、「密葬」という言葉は閉じた暗いイメージがあるのに対し、「家族葬」は本人をよく知る人だけで、ゆっくりと本人と別れる時間をもち、親密に送りたいというイメージがあります。
宗教的には無宗教葬もありますが、多くの場合、僧侶等の宗教者を招いて営まれます。




  無宗教葬

葬儀には宗教儀礼が伴うことが一般的です。それは人の死という悲しい事態において、死者(の霊)を人知を超えたものに委ねる想い、死者(の霊)のあの世での幸せを祈る気持ちがあるからです。
ところが最近、一部ではありますが無宗教の葬儀が行われるようになってきました。葬儀で言う「無宗教葬」とは「無信仰」とは異なります。特定の宗教宗派の方式にはよらない葬儀という意味です。
特定の形式が決まっていないため、これを「自由葬」とよぶこともあります。




  
お別れ会
無宗教葬の場合、「葬儀」とよばずに「お別れ(の)会」あるいは「偲ぶ会」とよぶことが一般的です。
しかし、一般に「お別れ会」方式とよばれるものは、死亡直後には近親者で密葬を行い、1〜2ヵ月後に本人の知人・友人に集まってもらいお別れ会を行うものです。密葬では本人や家族の宗旨に基づき宗教儀礼を行うことが多く、お別れ会では無宗教方式が多いようです




  
個人葬と社葬
「個人葬」とは遺族が主体となって営む一般的な葬儀のことです。これに対して「社葬」とは、企業が費用を負担し、企業が運営の責任をもって行う葬儀のことです。
「喪主」は祭祀主宰者のことですから、遺族の代表者を意味します。これに対して「施主」は「布施する主」という意味があることから費用負担、運営の責任者という意味です。通常の個人葬の場合には「喪主=施主」ですが、社葬の場合には喪主は遺族の代表者ですが、施主は企業となり、その代表者が葬儀委員長ということになります。
社葬は死亡直後に行われることもありますが、大規模なために準備日数も要するために、死亡直後には個人葬としての密葬を行い、1〜2ヶ月後に本葬として社葬を営むことが多いです。
企業ではなく協会等の団体が主催して行う葬儀を「団体葬」と呼びます。




  
合同葬
本来「合同葬」とは複数の団体が合同して主催する葬儀を言いますが、最近言われる「合同葬」は、会社の経営者等が死亡したとき、個人葬である密葬と本葬である社葬とを分離して行うのではなく、個人葬と社葬(団体葬)を併せて一緒に営むものを言います。葬儀の看板には「○○家、△△会社合同葬」と書かれます。



  
夜の告別式
かつての葬儀は、通夜は近親者で営み、葬儀・告別式に一般の人々が参加するというのが通例でした。しかし最近は通夜に一般の会葬者が多く出席し葬儀・告別式よりも参加人数が多いという逆転現象が生じています。通夜の告別式化です。
こうなると近親者が死者と別れの時間をゆっくりもつことができなくなります。参列・会葬者の出席の都合が夜がいいというならば、通夜は近親者だけでもち、翌日の夜に一般の人に案内して告別式を営み、翌朝は近親者だけで葬儀・火葬を営むという方式も考えられます



 
 伝統的葬儀の見直し
いま葬儀は大きな変革期にあります。一般的な葬儀というのも宗教儀礼のもつ意味が減少し、人と人とのつながりが弱くなり、通夜の告別式化に見られるように合理性・便利さのみが追求されるようになってきているように思います。
かつて伝統的に守られてきた葬儀には、3つの特徴があったと思われます。
第一は宗教性です。これは大切ないのちの終焉という事態に対して、神や仏の前でいのちの行方に厳粛に対峙する時であったからです。
この宗教性が失われることにより、葬儀が軽くなりイベント化してきているように思われます。
第二は共同性です。人は一人で生きているのではありません。家族、親戚、地域の人、友人、知人との関係で生きています。「暮らし」と言ってもいいでしょう。人の死にあたって参加する者も自分と死者との関係をもう一度考え、一緒に送るということが大切であると思います。いま葬儀から暮らし、人と人の関係の温もりが失われてきているように思われます。
第三は遺族の悲しみへの配慮です。昔の葬儀で隣近所が総出で手伝ったのは、遺族がいま危機状態を迎えており、弔いに遺族が専念できるようにとの配慮からでした。また、隣近所の葬儀に参加することで、遺族の悲しみの深さが共感できるようになったと思われます。
この宗教性、共同性、遺族の悲嘆への共感の3つがもう一度見直されないと葬儀はますます形骸化してしまうでしょう。「直葬(ちょくそう)」という火葬だけの葬式も現れてきています。葬式が単なる死体処理にならなければよいと危惧しています。